家づくりへの想い
アンザイは”皆様に建物をお引渡し後の付き合いを大切に”をモットーに業者一丸となり、努力してまいります。
私は昭和23年2月21日福島県浜通り地方の太平洋に面した、半農半漁の小さな村に生れました。
そこで中学を卒業する15年間を過ごし、卒業と同時に15歳の時に大工見習として現在の福島県いわき市江名町の佐久間建築店に住み込みで弟子入りしました。
あの日のことは今でも鮮明に覚えています(昭和38年3月23日)。 その日は母親に付き添われて親方の家に行きました。その日から5年間年季奉公が始まりました。
当時は徒弟制度の名残がまだ残っていた時代ですので、朝のご飯炊き、掃除、子守り、仕事、礼儀作法、等々仕込まれました。
その親方は30歳で私と15歳しか違いませんでした。 今にして思えば随分と大人に感じました。私が大工になろうと思ったのはふたつの要因がありました。 ひとつは親から手に職を身に付ける事が一番といわれていたこと。将来の生活の安定との思いからです。 ふたつめは私が9歳の時に父親を亡くしたために母親は15歳の兄を頭に5人の子どもを育てており、当然、兄姉たちも中学を出るとすぐに働いていましたので私も必然的に家を出て働き母親に楽をさせるのが一番の親孝行だと思ったことです。 ですから早く一人前になろうと一生懸命に仕事を覚えるために働きました。それでもお金に対する不満がなかったのは、衣・食・住の心配がなかったからだと思います。衣類もお盆と正月に仕着せとしていただきました。修行中の一番の楽しみは月に2日の休みと、お盆休み、正月休み(各3日)でした。実家に帰れるのが何より楽しみでした。母親に逢えると思うと指折り数える毎日でした。(5年間は平坦ではない)
昭和43年3月21日に五年間の年季奉公が明け、同年8月15日までお礼奉公をして、同年9月千葉県、昭和44年11月に現在の草加市に来ました。ここで工務店の職人として働き、昭和50年11月に27歳の時に安斉建築として独立しまして、昭和52年に(有)安斉工務店に法人化しました(現在(株)アンザイ)。今年で創業38年目を迎えるわけですが、現在までに新築工事605棟、リフォーム5,820件。これだけの実績を上げられたのは当社の社員、大工、協力業者方々の協力の賜物と思っています。
特筆すべきは大工さんの技術がすばらしいの一言に尽きます。当社の「手づくり健康住宅」(本物の材木を使い、人に害のない家)を造るには大工さんの技術が一番大切だからです。これからも当社従業員一同お客様のために努力して参りたいと思いますので皆様のご支援宜しくお願い申し上げます。
株式会社アンザイ  代表取締役社長 安斉利夫
平成24年11月記